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離島だった竹ヶ島に橋が架かった!!
昭和36年まで竹ヶ島へは渡し船しか交通手段がなかったのです。
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昭和32〜33年頃独島竹ヶ島で、原菊太郎知事を迎えて公聴会が開かれた。
その席で島の長老が「知事さん、竹ヶ島に橋を架けて下さい。」とお願いした。
当時この突拍子な訴えに居並ぶ人々は、笑い出したというが、原知事は、この老人の訴えに応じられて「橋を架けようじゃないか」と簡単に受け入れられた。これが竹ヶ島への架橋のきっかけ。
原知事の指示により、旧吉野川橋の高欄旧材が無償で町に払い下げられ、転用を許された。
待望の竹ヶ島吊り橋は、昭和35年5月に着工する事ができ、翌36年3月竣立したもので、海上をまたぐ吊り橋としては本県では初めてのことだった。
| 昭和49年3月迄
使われていた竹ヶ島吊橋
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軽四輪自動車が通るのが精一杯 |
この開通を祝して、昭和36年4月3日、原知事、群選出県議会議員、はじめ多数の来賓と全島民が出席し、竹ヶ島分校で盛大な竣工式が行われた。
この重橋式吊橋は、当時全国でも数少なく徳島県では初めてであった。
昭和49年より、橋は現在のものに変わったが、旧の橋も残っている。
竹ヶ島の住民230人はこのような過程を経て今の生活に至っている。
プチルポはこの橋を渡ってすぐなのだ!

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